NOTHING TO LOSE「ダメもと」

かつてイエメンの聖者オマールは、ある罪を着せられ、モカ近郊の荒れた山中へと追放された。飢えと渇きの中、彼はそこで見慣れない赤い実を見つける。苦く、得体の知れないその実を口にすることに、何の保証もなかった。それでも彼には、選べる道がほとんど残されていなかった。食べるか、飢えるか。彼はその実を煮出し、口にすることを選んだ。

失うものが何もないとき、人は普段なら決してしない選択をする。オマールにとって、その一杯は毒かもしれなかった。それでも彼は飲んだ。結果として、その一杯は彼を生き延びさせ、やがてモカの人々に伝わり、コーヒーという文化そのものの起点のひとつになったという。

迷っている時間よりも、飛び込んでしまった後の景色の方が、案外悪くないことがある。石橋を叩いて渡ろうとするほど、渡れない橋も多い。オマールが手にしていたのは、確信ではなく、ただ「これ以上失うものはない」という開き直りだけだった。

失敗を恐れて動けずにいるとき、人は往々にして、失うものの大きさを過大に見積もっている。実際には、たいして失うものなどないことの方が多い。そんなときに勇気をくれる刺激的な一杯。

ダメもと。そんな気分で何かに取り組むのも悪くない。